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介護体験談

大阪府支部報(2005年9月)より

お父さん、明日も会いにゆきますね

大阪府 Nさん

 私達はいつも二人で、ダイニングから見えるおだやかな生駒山の山なみを見ながら暮らしてきました。今、私はぼんやりと一人、その山をながめています。

 主人は、その山に立っている塔の数は11本あると、毎日教えてくれました。でも10日前から11本の塔の話はもう聞けません。グループホームでの新しい生活が始まったからです。

 先日、あっという間に家を出てしまいました。警察に捜索願いを出すことしか出来ず、帰ってこない主人を待ちながらも、私には何をする術もありませんでした。

 28時間ぶりに帰ってきた時は、一人では歩けないほど疲れきっておりました。お金も持っておりません。水も飲めずに、ただひたすら40キロも歩いたらしく、げっそりとやつれ、足の裏半分以上に豆が出来て、腕にはいっぱいの傷がありました。でも本人は、なぜこんなに足が痛いのか、腕に傷があるのか、覚えておりません。

 主人は現在68歳、8年くらい前より脳梗塞による脳血管性認知症に、そして4年くらい前より、アルツハイマー病も合併と診断されています。

 私達は自営業でした。仕事をやめるにあたり、客先、仕入先、従業員にも本当の病名は言えませんでした。まして、仕事から離れなければならないなんて、主人にとってはとんでもないことだったに違いありません。

 発病から今まで、日を追うごとにいろいろな症状が出てきました。そしてその症状もだんだん強くあらわれてきております。私一人での在宅介護の限界は超えているからと、皆様から言われておりました。子どももない私達ですから、それは私自身一番よく解っておりました。

 数か月前から、私は見たこともない人になり、10年前に亡くなった母にずっと電話をかけ続け、いつでも会いに行けるように上着をはおって準備しておりました。

 そして、毎日何かが見当たらなくなり、私は探し物で疲れきっておりました。

 「アー、私はもうだめになる」と大粒の涙を流しながらの日々でしたが、主人の顔や姿を見ると、いとおしさがこみあげてきて、ショートステイさえもなかなか決心がつきませんでした。

 主人にとって一番よい選択は何なのだろうと、ずっと考え続けておりました。こうして徘徊を機にグループホームを決断致しました。神様は私に決断のキッカケを与えて下さったのかも知れません。

 私の心にぽっかりとあいた空白はいつになったら埋まるのかも解りません。今は精神的にも、肉体的にも楽になった筈なのに、なぜか涙が頬を流れ落ちていきます。

 でも、これからは、何があってもビクともしない山々のように、おおらかで、おだやかな心になって、主人と共に歩みたいと思っております。

 「お父さん、明日も会いにゆきますね」

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