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介護体験談

呆け老人をかかえる家族の会 京都府支部版
京都府支部だより(2004年4月25日 285号)より

彼女ができることを見つけて

京都府 S.U

 今年1月1日午前4時、妻がトイレに立ちました。夜中でもたいてい私が誘導するのですが、その頃一人でもうまくすませることもあったため、つい「ま、いいか」と思って起き上がりませんでした。しかし気になって、すぐ起きてみるとすでに便器の前にしゃがんでしているところでした。「しまった!」後の祭りです。「油断大敵」年頭の教訓でした。しかし、その後、いつとはなしにトイレの床を汚すことがなくなり、最近では床の掃除をしたことがありません。以前、誘導しても汚し、よく床を掃除したことがウソのようです。

 「じゃ、Sさん私帰ります。いろいろご迷惑かけてすみません」そう言って共に外出することを余儀なくされることも減ってきました。「帰ります」というのは今でもよく言うのですが、「ちょっと待って、その前に夕飯の準備しときたいし、手伝ってくれると助かるんやけど」と言ったりするとのってくれ、そのうちに忘れてしまい、結局外出せずに済むことが増えてきました。以前は殆ど毎日のように「帰る」と言い、多いときには一日に5,6回、時には夜10時頃からでも外出したことがありました。

 病気が進行する過程での一時的な現象かもしれませんが、粗相をする、「帰る」と言って外出することの二つが減ってきているのが最近の特徴です。「帰る」の方は私がいくらか慣れてきて、否定せずなるべく話題を変えるなどしているのがいいのかとも思いますが、粗相の減少はなぜか私にもよくわかりません。

 そのことと関係あるかどうか分かりませんが、あるいはと思うのは病気と知りながら、つい怒ったりしながらも妻の持ち前の「明るさ」から、お互いによく笑います。きっかけはたいていたわいもないことが多いのですが「一日一笑」どころか、何回か時には大笑いもし、笑わない日は一日とてないと言っても過言ではありません。いつかの新聞に「笑い学会」(そんな学会があることはその時初めて知りました)の会長が「笑い」について書いておられたのを見た記憶がありますが、昔から「笑う門には福来たる」とも言うように、あるいはよく笑うことが粗相の減少につながっているのかもという気もします。もっとも、この笑うというのは今に始まったことではなく、以前からそうなので、とすると、粗相の減少には関係ないようにも思えますが。

 「明るさ」とともに「積極性」が彼女の性分で夕食の準備も「次何したらいい?」と次々聞いてくれるので、野菜を洗ってもらったり、ごまをすってもらったり、私が入れた調味料や具を混ぜてもらったり、あるいは味噌汁の味噌を溶いてもらったりしています。食後もすすんで「私が洗う」と言ってくれます。ただし食器洗いはまかせると洗剤を一切使わないため、流しに並んで立ち、彼女が洗った物を私が受け取り、まとめて湯で流した食器を彼女に拭いてもらいます。

 近頃はパジャマなどもうまくたためるようになり「きれいにたためたね、ありがとう」と言います。とにかく「彼女ができること」を見つけて、せいぜいやってもらうようにすることが大事だと思っています。

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