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介護体験談

呆け老人をかかえる家族の会 三重県支部版
(2003年6月25日 4号)より

老いても安心して生活できる世の中になってほしい

三重県 M.N

ある夕方の事でした。父が私に「電話の使い方がわからないので教えて欲しい」と言います。いつも使っているのに何でまたと行きますと、なんと新品のプッシュホンに替わっています。「この電話どうしたの?」と聞きますと「もうこの黒い電話は使えなくなるので、これに替えなあかん」と言って来たので替えてもらった、と言います。いつ、そのような事が決まったのかとすぐNTTに聞きましたら、そのように言って老人をだましている業者がいるとの事で、だまされたことに気づきました。
契約書にはなんと月々の引き落とし返済額と通帳番号まで他人の字で記載してあるのです。聞きますと金庫から通帳を出して見せたと言います。36回払いで法外な値段でした。帰宅した主人にこの件を伝え、すぐ業者へ電話をかけ解約してもらい、回収に来てくれるよう交渉してもらいました。翌日、強面の二人の男の人がものも言わずこわい顔して回収して行きました。少々引き上げ料を取られてもしょうがないなと内心ふるえて見ておりました。この件があってから主人が父に世の中には悪徳業者が多くいるのでひっかからない様に印鑑は預かるから・・・と預かることにしました。

今思いますと父や母は人淋しかったのだと思います。私達はそれぞれに忙しく、ゆっくり四方山話を聞いているひまもなく、そこを狙って業者はやって来たのだと思います。二人連れで来るようで、私が外から帰りトイレの窓を見ますと見知らぬ男の人があたりをキョロキョロうかがっているのです。びっくりして行きますと、二人連れはそそくさと帰っていった事もありました。
父がまだ元気だった70歳後半の頃だったでしょうか、原付バイクに乗って外出しておりました。近所の人より「もうおじいさんはバイクに乗るのは危ないよ」と忠告を受けており、それを伝えますと「私は信号を守ってゆっくり気をつけて走っているから大丈夫」との返答で、本人の言う事を信じておりました。ある雨の日、私の車の前をふらふらと風に吹かれるように道の真ん中を走っているバイクがいます。「危ないなぁ」と見ますと、なんと父ではありませんか。早速次の日、二人で警察へ免許証を返しに行きました。幸い父も納得してくれました。自分の目で見て始めてその危険さを知った次第です。
ガスの消し忘れで火事寸前も二度あり、種々なことが重なり年々私の負担は多くなり、心身ともに弱りきり、夜も眠れなくなったり、夜中に自分の泣き声で目がさめる事もありました。今思いますと、あの頃が一番つらい時期でした。

ちょうどこの頃家族の会に入会しまして同じ悩みを聞いていただいた事は大きな励みと息抜きになりました。
幸い1997年2月より二人そろってデイサービスを受ける事が出来まして、私もずいぶん楽になりました。デイサービスの初日、二人を届けて帰りの社内、ひとりでに笑みが涌き出てくるのでした。「今から3時まで私だけの時間だぁ」と。
足自慢の母も1998年に骨折して車椅子生活になりましたが、2000年1月に死去した父の死も知らないまま、日々穏やかに老健施設のお世話になっております。
今思い出しますと父がたびたび「自分がふがいない、どうしようもなくはがゆい」と言っていました言葉は、父の心の痛みと心からの叫び声だったのだと今重く感じております。介護を通して私は多くのことを学ばせてもらいました。私も最初はサービスの利用を躊躇しておりましたが、介護は一人の手ではとてもできるものではありません。家族を初め、近隣の人の理解と手助け、行政の確かな力添えがあってこそ成り立つものだと思います。

他人事ではありません。誰にも老いる日は来ます。他人へのやさしい思いやりの心を若い人たちにも持って欲しいと願っています。そして老いても安心して生活できる世の中になることを切に望んでおります。

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