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介護体験談

呆け老人をかかえる家族の会 神奈川県版 家族会
(2002年11月13日 194号)より

本やテレビ番組で学んだことが介護に役立ちました

A会員

また、この頃姑はよく痰がからむと言って咳ばらいをしていました。持病で、蓄膿症があったので、その鼻汁が喉に回るのかとも、思っていましたが、とりあえず耳鼻咽喉科にかかると、甲状腺腫瘍だと診断され、悪性と聞いてやむなく、手術することにしました。

何より心配していたことは、麻酔の脳への影響でした。通常の場合は、全身麻酔をかける必要性はないらしいのですが、痴呆症状がある為、全身麻酔で行われました。

結果は予想していたとおり、大きく病状は進展していました。手術前まで認識できた主人に向かって「おたく様のお母様は、お元気ですか。」と話したのでした。お陰で、おチャメ度がパワーアップし、抜糸の日に、強制退院しました。

大きく病状が進行したため、治験薬使用の登録からはずされてしまいました。

この間も泥棒さわぎと幻覚症状は続き、家族を悩ませてくれましたが、さらに徘徊が加わったのは、平成十年の三月からでした。

昼夜を問わず歩き回り、寝ている子供達を起こしたり、シャッターが開かないと、バンバンとシャッターをたたいたりもしました。

また、夜中家の中を歩き回っているせいか、朝になると外に出たくなるらしく、午前六時に下に降りて行くと、「さあ、行こう。」と言って玄関で靴をはき始めるのでした。家族が出掛けるまで、食事を出したり、簡単な仕事を与えて時間を稼ぎ、最後の一人が出掛けると同時にお散歩に出掛けました。お散歩の時間は、私の都合に合わせて、一時間から八時間位歩きました。それでも夕方になってまた、「さあ、行こう。」が始まると、近所を一周し気が済むまで、歩きました。お陰様で、私もウォーキングができ、当時は体脂肪率が、今の三分の二位でした。散歩好きなペットがいると思えば良いのですが、渦中にいるときはなかなかそのように、思えないものです。

毎日、お散歩に付き合っている私を気の毒に思った方も多く、新設のディサービスのパンフレットを持って来てくださいました。福祉事務所には、登録してありましたが、時間ばかり経ってしまうので、早速、このディサービスを利用することにしました。なかなかバスに乗車してくれないことには、閉口しましたが、送迎バスに乗ってきている添乗員の方の「私達はプロだから、後はおまかせ下さい。」の言葉に、とても勇気づけられました。

初めてショートステイを使った日、三時間もの大脱走劇を演じ、やっとの思いで、車に収容し逃走の理由を聞くと、「子供がどこかに遊びに行って、帰って来ないから探しに行った。」と話すのです。もちろん、作り話なのですが、自分が大人であるという自覚は最近まで続いていて、食事を摂るのを嫌がったり、暴れたりした時にそっと耳元で「あなたは大人ですからできますね。よろしくお願いします。」と言うと、素直にこちらの要望に応えてくれた事が多かったように思えます。(その効き目が持続するわけでは、ありませんが)平成十一年に入ると徐々に体力が落ちて余病が出るようになりました。その中でも一番驚いたのは、褥瘡でした。

確かにその頃は、自分で起き上がり立つことができませんでしたが、立たせたその瞬間から歩き始め、ともすればお風呂も食事も、歩いているのを、追いかけるようにして済ませていましたから、まさか、寝返りを打っていないとは、考えも及びませんでした。

着換えをしていると、尾てい骨の部分に円形のしこりを感じました。座りダコかなと思いつつ、気になって毎日観察していると、発赤し、すり傷のようにうす皮むけて来ました。まさか褥瘡と半信半疑で、主治医に相談すると、紛れもなく褥瘡でした。エアーマットが有効的だと指導を受け、すぐに使用したので大きな傷にはならず、回復できました。

平成十二年九月に、特老に入所するまで、一番悩まされたのは、やはり、泥棒さわぎでした。どんなに穏やかに対応しても、どんな人に変身しても、ターゲットになっているときは、その攻撃から回避することはできず、ただ、ただ、矛先が他へ向く二、三ケ月を耐えて待つだけでした。子供達には、本当に恐ろしい体験をさせたと思います。

徘徊にもかなりの時間と気をつかいましたが、洋服に電話番号を記入したり、数多くの知人に依頼し、東西南北の道筋に関所ポイントを作り、見掛けたらすぐに連絡をもらうようにし、塀を乗り越え、鍵を開けてまで徘徊する時期は、ある程度自由に徘徊してもらいました。道を渡るときは、十分注意していた姑でしたが、万が一事故にあったときはごめんなさいと思いながら、自由にさせておけたのは、血縁でない嫁の成せる技かも知れません。

病気に気づいた頃から、小学生の子供達と共に本を読み、関連したテレビ番組で学んだことは、介護を冷静に行う上で、また、軽減することに、とても役立ちました。数多くの介護例を読んでいると、必ず自分の家と同じようなパターンが出て来るので、しっかりとした心構えができると思います。

介護体験を通して、何が得られたかは、今はまだ、はっきりと解りません。とりあえず、複雑な迷路から解放された気分です。

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