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介護体験談

呆け老人をかかえる家族の会 広島県支部版
家族だより(2002年7月25日 127号)より

「妻の介護のおかげでこころが変わった」

福山市 匿名

今になって振り返ってみますと、平成6〜7年頃から洗濯して脱水したブラウスを濡れたまま2枚も3枚も重ねて着たり、温泉に行った先の脱衣所から浴衣の腰紐を何本も持ってきたり、真冬の早朝、パジャマ姿のままで隣の家の台所に上がりこんだりもしました。その外にも、園芸用のハサミ・スコップなどが次々なくなり、錆びたものが植え込みから出てくる。美容院に毎日行く、次第にお金を持たないで行くようになる。不燃物のゴミの日に可燃物を出しに行く。注意するとよそのゴミまで持って帰ってくるというような事もありました。

ある日、3km離れた交番から「奥さんを保護しています」と電話があり、慌てて行って「どこへ行ってたの」と聞くと、「お父さんあなたこそどこいってたの〜」。こんな調子ですから、話のしようがありません。本当にいろいろなことがありました。

痴呆(アルツハイマー病)などとは思いもしませんでした。人に知られたくない、知られたら最後、周りの人は騒ぎ立ててくれる。町を歩くこともできなくなりました。

“またやった なぜだどうして 言う介護”
の繰り返しが続きます。どうしていいのかわからない日が続きます。二人ともますます混乱します。

おかしいと思ったらすぐ病院へ

平成11年6月、なんとか専門の病院で受診。3月頃から3回ほど病院の入り口まで行きますが、「なぜ病院にいかなくてはならないのか」と言われ、仕方なく引き返します。

家族の誰かに、もしやと思うようなことがあったら、早く病院に行くことです。しかし、初期のうちは連れて行くことが本当に難しいと思います。映画「折り梅」の内容にもありましたが、本人の前で医者と家族が直接状況を話すのは良くないと思います。メモの活用をすることが効果的です。

デイケアに行く

デイケアに通院するようになりました。慣れるまでが大変でした。そのうち環境に慣れると、行くものと思うようになり、歌など歌ったことのない妻が、声を出して歌ったり、笑顔もでるようになりました。

デイケアのスタッフは、沢山の患者さん一人ひとりに合ったケアをしていたのが印象的でした。声掛け、話をしてもらえることで安心感がでたのでしょうか。安心させることが大事であることがわかりました。

しかし、家に帰ると薬は飲まない、徘徊はする。時間になっても寝ない。早朝から起き出す。分からなくなることが増え、目が離せません。二人とも寝られない日が続きます。二人とも睡眠薬の量が増えます。夜中に起き出すと収拾がつかなくなり、朝になってしまいます。

緊急時に入れる施設が欲しい

平成13年6月、私が、めまい、嘔吐で動けなくなりました。トイレでゲーゲーやっていますと、「お父さん、ご飯の支度はどうするの〜」「いま、めまいで動けないんだよ」「ご飯の支度は私がするよ。私が病院に連れて行ってやるよ」。こんな調子です。何とか電話まで這って行き、ケアマネさんに電話しました。受け入れ施設がありません。

やっと妻をショートに、私を救急車で脳外科に送院していただきました。私は、CTなどの検査、結果は異状なしで、3日で退院。

妻のショートはA施設に3日、B施設に9日と環境が変わる度に悪くなります。緊急時に入れる施設がほしいとつくづく思いました。

自宅に戻りデイケアに通院。手がつけられない行動が始まりました。妄想、見当識障害、人物誤認、徘徊と順番にやってくれます。二人で家にいたときの「あんたは、だれ〜」にはショックでした。

ケアマネジャー依頼〜介護支援会社と24時間の契約をして良かったと思いました。

介護記録が大事

通院日に介護記録を先生に提出することで適切なアドバイスが受けられ、徐々に扱いがわかるようになりました。これは介護認定検査のときにも大事だと思います。短時間の本人との会話、観察、短時間の家族の言葉だけでは本当の情報が伝わらないのではないでしょうか。記録など書いている余裕のないのが普通ですが。

グループホーム入居

平成13年7月、私の体調も思わしくないため、妻には申し訳ないと思いながら、グループホームに入居させました。環境が変わり、またまたわからなくなりました。それを見ている私も不安でしたが、2〜3ケ月で本人、私も落ち着きました。半年ほどで3種類の薬が1種類になってビックリしています。

このグループホームは、家族がいつ訪問しても居場所のある施設です。素敵な絵が沢山あって美術館を思わせるような施設です。入居者の居室も広くて住んでみたくなるような施設です。

ここは、各家族がよく面会に見えます。9人の入居者とスタッフ、そして毎日訪問する私、本当に家族的な雰囲気で楽しく過ごしています。また、何人かの入居者は、家族や外部の人が行くと喜んで迎えてくれます。楽しい会話をしたり、私も、時に皆さんと一緒に手をつないで歌いながら廊下を歩いています。妻とはお茶を飲みに出掛けたり、ドライブ、外泊で自宅に帰ったりしています。

1年たった今、妻は明るく、穏やかになりました。介護する私も穏やかになりました。
“穏やかに すれば穏やか 返ってくる”
グループホームのすばらしさがよくわかりました。

施設に患者の情報提供を

市内の介護者同士が集まったとき、施設などに対するブツブツを聞くこともあります。ただれたお尻をペーパーで擦るように拭けば出血も当然です。下り坂で車椅子を前向きにして移動しておいて、怪我をさせても知らぬ存ぜぬでは安心してお願いできない、など話はつきません。

家族が施設に対して被害者意識と思えるようなことを聞くこともあります。施設にはどんどん面会訪問して施設・スタッフとのコミュニケーションをすることが大事であるとも思います。仕事とは言え、スタッフの苦労がわかりました。家族は、スタッフに患者の今までの生活、昔の生活などの情報を提供することが、施設での介護に役立つのではないでしょうか。

“またやった なぜだどうして 言わぬこと 介護は優しく 心から”

介護で教えられたこと

介護する人の心が変わり、人間が変わらなければ患者さんは慕ってこないということが分かりました。患者に否定する言葉を使うようでは本当の介護をしているとは言えないことがわかりました。患者の話をよく聞いてやる。話し相手になってやれる介護者になりました。固いバナナ、臭いベトベト、少しずつ何回もの排便。便秘をさせない工夫で楽な介護をすることが大事であることもわかりました。

排便、排尿後の完全な洗浄。メーカー形式による便座のノズルの噴射角度などの違いで完全に洗浄されていないことがあります。介護者は、オムツ体験と同じように、それぞれの便座で体験し、洗浄時の工夫をすることも大切です。便器メーカーに提案します。お尻を動かすことのできない障害者のために、ノズルが一本で前後に動く製品を作ってもらえないでしょうか。もう少しストロークのあるノズルの開発をお願いします。

妻ができることを一緒にする。飽きさせないように言葉を掛けてやる。単純な生活に変化をつけることで、妻の気持ちが穏やかになることがわかりました。

暑い、寒い、飲みたい、食べたいなど、自分の意志が伝えられない患者の気持ちを何とか分かって、何かをしてやれる介護者でありたいと思っております。心からの言葉が安心感を与えます。

妻が変わった?

“洋服を 出しては散らす 部屋の中”
足の踏み場もないほど次から次へと洋服を散らかす妻。それを怒鳴りつける、突き飛ばす、情けない、涙が出て止まらない。何を言ってもわかるはずはないのに。  ある日、私は風呂に入るときに服を一枚ずつ脱いでは叩きつけ、脱いでは叩きつけ、部屋中に散らかしました。すると、妻は「お父さん、これどうしたの〜。しっかりしてよ。昔はもっとしっかりしていたでしょう」。それからというもの、妻の散らかしはなくなりました。嘘のような本当の話です。

“食べてない まだ何も 食べてない”
食後、食器を洗わないでそのままにしておくことも、先生からアドバイスを受けました。

“食べようか 食事の後に ボケてみる”
夕食後、後片付けが済んだところで、「さ〜てご飯は何にしようか〜」と言ってみると、「あら〜、お父さん今食べたばかりでしょう・・・」いつしか、食べてないを言わないようになりました。これも本当の話です。

“徘徊も 五分十分歩かせて 車にどうぞと 誘いこむ”
車をそっと近づけて「乗らない〜」「あら〜、お父さん何処に行くの〜」。乗っていただいて、乗せて家路へ。今夜も10時になりました。また或るときは南に歩って行く、北から歩っていく、そして辻でバッタリ〜。「あら〜お父さん」今夜も二人手をつないで歌いながら家路に着きました。

“穏やかに すれば穏やか 戻ってくる”
ですよね〜。当たり前のことがやっとわかりました。早く知れば良かったと悔やみます。

“またやった なぜだどうして 言わぬこと 介護は優しく 心から”

妻の介護のお陰

妻のためにも、自分の健康維持とリフレッシュをかねて自宅で陶芸、木工クラフトなどをしています。福山市高齢者福祉課の事業で、介護者リフレッシュ旅行があり、その参加者が集まってリフレッシュの集いをしています。参加者が増えて、話し合う時間が足りず、うれしい悲鳴です。

結婚して46年経ちました。これまで頑張ってくれた妻を大事にしてやりたいと思います。いつでも「お父さん、お父さん」と呼んでくれます。父親と今の私を時々勘違いしているようですが、私以外に、この人を本当に理解してやれる人はいないのです。

妻のお陰でいろいろなことを勉強させて貰いました。また、多くの人と知り合うことができました。

「妻の介護のお陰で、こころが変わりました」

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