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介護体験談

呆け老人をかかえる家族の会 「ぽーれ ぽーれ」岐阜県支部版
「れんげ」(2002年6月25日263号)より

「お爺ちゃんとお酒」

敷島 妙子

呆けとお酒

新しい会報の扉を開けて、最初に飛び込んできた文字が真ん中辺りの「酒」という文字でした。今まで飲酒の事が会報で取り沙汰されたことが余り無かったような気がしましたので「おやっ」と思いました。記事をそのまま此処に引用するには長過ぎますので省きますが、大酒は別として度を越さない適度な飲酒は、ボケの予防的効果があることを詳しく書いてありました。

夫の父親、つまり私の舅さんは亡くなる前の数年間を痴呆の状態で暮らし、最後の一年間は私達家族と一緒に過ごしてくれました。そんな訳でお酒が大好きだったお爺ちゃんに飲ませて上げても良いものかどうか、思案しましたが、夫がお酒そのものよりも、飲酒に纏わるマイナス的な要素を忌み嫌う堅物ですから、脳を侵されている人に飲酒などもっての他だと言って厳しく差し止めました。

介護への不安

お爺ちゃんの介護を引き継ぐ際「もう人間らしい心も失ってしまって何も解らなくなってしまっている」と兄弟達両家の家族から厭になるほど言い聞かされていた私は、痴呆の介護にかなりの恐れと不安を抱いていたので、前以て一日状態を見させてもらう事にしました。ところが、何も解らず無闇に暴れたり反抗するのかと思っていましたが、お漏らしをして叱られたり、着替えを拒んで厳しく言い聞かされる時の大声を上げ、暴れる様子を見ていますと、その表情には恥ずかしげな、悔しげな思いがありありと見えたのです。「あぁ、やっぱり爺ちゃんだって、おもらしに対する侮蔑や、人前で下半身を裸にされる屈辱に耐えられない、人間として当然の感情があるためだ。」と私の胸を打ち爺ちゃんが痛わしくなってしまいました。

呆けても「心」は私達と一緒

その日帰宅して夫と娘に見てきたこと、考えたこと一部始終語りました。娘は「爺ちゃんの心が生きていて私達と一緒らしいことが解ったことは大収穫だったね。」と大喜びしてくれました。爺ちゃんに人間の感情が残っているのなら「決して嫌な思いをさせず楽しく優しく快く世話をしてあげれば、きっと上手く行くと思うよ」ということになりました。「知の世界」の衰えは温かく理解し、「思いの世界は」大切に共感して上げようと話し合い、我が家の「痴呆老人介護」の一番大切な要になりました。この介護計画は実際に始めてみると、面倒なことでも苦労なことでもなく思いも掛けなかった程楽しくうれしい仕事だったのです。介護者の私達にとっても幸せなことでしたが、舅にとっても今までとは違い、そそうをしても叱責されることもなく自分の辛さ恥ずかしさを解って貰え、優しく始末をして貰えることは大きな幸せだったに違いありません。

お爺ちゃんに大好きなお酒を・・・。

毎晩寝る前に三人で、その日の爺ちゃんの経過について話し合いをしましたが、勤めから帰った二人は私の報告を聞き「やっぱりそうだったの」「よかったじゃない」と喜んで新しい様々な提案をしてくれました。しかし、その時も夫は頑なに「酒だけはやらんほうがよい」と繰り返すのでした。その内一ヶ月もするといわゆる問題症状と言われる失禁・乱暴・失語など取れていき本当に手の掛からない老人になってくれました。そして、いつか私の胸に『お爺ちゃんにお酒を一度上げてみたい』という思いが募ってきました。

内緒のお酒

ある日私はコップに半分程お酒をついで持っていきました。「爺ちゃんこれなんやろうネ」・「水かよ」・「水でないよ嗅いでみりゃわかるよ」・「オリョウ、こりゃ酒なかよ」・「そうよ爺ちゃんの大好きなお酒やよ」・「飲んでもええのかよ」・「どうぞどうぞお上がり」・「そうかよ、ごっつぉさまやな」そこで爺ちゃんは満面に笑みを湛えながら、さもさも嬉しそうにちびりちびりと飲んでくれました。「あのね、お酒貰って飲んだ事、稔に言ってはだめよ、内緒やでね。稔は爺ちゃんの体を心配して酒は上げん方が良いって言うけど、爺ちゃんは大分元気になってきたで大丈夫や、時々こっそり上げるで飲んでよね。爺ちゃんと私だけの内緒よ。」と約束しました。勿論、約束など何の効果もなく5分もすれば何でもけろっと忘れる爺ちゃんなのです。酒を貰って飲んだことも、ついでに忘れてしまうのですから。でも私は時々「内緒よ・内緒よ」と言いながらお酒を上げて喜ばせたのですが効果覿面のようでした。誰だって「内緒だからこっそり食べてね」といって美味しい好物を頂いたりすれば嬉しいに決まっています。爺ちゃんの様子は日に日に明るく楽しげになり、私達の介護の苦労もどんどん軽くなっていきました。

娘も私と同じ。

でも、やがて爺ちゃんと別れの日が来ました。葬儀が終わって、すっかり片付けた後、私達親子がごろんと寝転がってこの一年の思い出を語り合いました。「私、父ちゃんやお前にも黙っていたけどね。実は爺ちゃんに内緒でお酒をあげとったんよ、稔に言わんといてねって、念を押しながら。そしたら『ほう、稔に内緒でくれるのかよ、黙っとるわい。有難いこっちゃ。』って喜んでチビリチビリと旨そうに飲まはったんよ」と二人に白状しました。すると寝転んでいた娘が、ガバッと飛び起きて「なんや母ちゃんも上げとったんかいな」と叫びました。「お前もかよ」と二人とも大笑いをしたのですが、聞いていた夫が「そうか二人の女が俺に内緒で親父に酒を飲ませてくれとったのかよ」と感無量の声を絞ったのでした。私も誘われるように涙が込み上げてくるのでした。それは、娘も爺ちゃんの介護に母と同じ考えを持ち、志し高く尽くしてくれたのかという思いが心を揺さぶったからでした。

お爺ちゃんを楽しい、嬉しい気持ちに。

話が最初のところに戻りますが、お酒には痴呆症に良い効果をもたらす力が含まれていることを研究の結果として発表された事は、とてもうれしいことです。しかし、科学的にお酒を薬の効果を期待するように、お酒の成分を服用させるような飲ませ方では一寸淋しい気がいたします。痴呆のお年寄りへの働きかけには、言葉掛けにしても何にしても楽しい嬉しいオブラートで包んであげる工夫があったほうが、こちらの思いも劇的に伝わるような気がします。もう、二十年も前に私達親子がお酒の持つ魔法のような力を感じていて、しかも「内緒よ、誰にも言わないで、こっそり飲んでね。」と自分を大切にしてくれてる人から誰にも内緒で美味しいものを貰える嬉しさを心に与えながらお酒を飲んでもらう事を思いついたことは本当に良かったのだと思っています。

私は講演の席などで最後のエピソードとしてお酒の話を添えるのですが、その度に涙がこぼれそうになるのです。それは、私だけではなく若い娘までがお爺ちゃんの『思いの世界』を大切にして私と同じような心遣いをしてくれた嬉しさが感動した思い出として甦ってくるからです。

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