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介護体験談

「老人をかかえて」滋賀県支部版
「やすらぎ」(2001年7月25日 252号)より

「介護パーセント」

尾崎 与里子

時々自分の中の介護パーセントを確認してみる必要がある。例えば私は、母の介護をする娘であると同時に夫にとっての妻でもあり、子どもにとっての母でもあり、孫にとってのおばあちゃんでもあり、町内の住人であり、そして気が向けば友人と旅行をしたり、詩を書いたりするひとりの人間でもあるわけだ。そんな私の中で介護者としてのパーセントがぐんと上がると、一日24時間、私の容量は変わらないのだから必然的に他の部分にしわ寄せが出ることになる。そんなことは充分承知しているはずなのだけれど、これが結構自分をいじめる ストレスになっている。痴呆症の介護の中身の大変さに加えて、このしわ寄せ部分の声にならない声を聞いてやれない毎日は、苦しい。どんな人でも充分な優しさを持って生まれ、そしてできるだけ自分にも周囲の人にもその優しさを分かち合いたいと心ひそかに望んでいるはずなのだけれど、痴呆症の介護を始めると、分かち合いたい優しさなどというものはすっかり影をひそめてしまう。私は長い間それは痴呆症という理解しがたい病状に付き合うからだと思っていたが、どうも自分の中に占める介護者パーセントも大きく影響しているぞと思うようになったのだ。

アンケートではないが「貴女が介護に関わっている時間は一日何時間ですか?」という問いに、私はできることなら一日2〜3時間と答えたい。それくらいであれば、私は母以外の家族や友人、そして自分のためにもいきいき働くことができるだろう。ところが痴呆症の介護に関して介護時間を計算することは、ほとんど不可能なのが現状だ。何らかの方法で人に託せる時間以外はすべて介護時間なのだということを、どれほどの人が理解してくれるだろう。自分で立って歩けて食事もできる初期痴呆といわれる時期でさえ、介護者にかかる心身両面での負担をどう説明すればいいのか分からない。自分の中の介護パーセントは90パーセントを越えているように思えてしまう。そのことを介護者以外の人にはなかなかきちんと分かってもらえない。そのうえ介護する私たちには、まるで一日に30時間か40時間もの時間が特別に与えられているかのように、さまざまな要求が押し寄せてくる。妻として、母として、おばあちゃんとして、友人として、近隣として、しなければならないこと、してあげたいことは山積みだ。それらに向けたい気持ちを少しずつ押し込んで、最小限必要なことを大急ぎで義務的にやり過ごしていく毎日。あと何年こんな日々が続くのだろうという不安。

母が老健施設へ入所したことで、父と私の介護パーセントは大幅にダウンし、私たちにゆとりが戻ってきた。週に一度母を我が家に連れ帰り、皆で夕食のテーブルを囲む。

父は母に限りなく優しく、母もすっかり父に甘えている。私がものごころついてから一度も見たことがないほど、イイカンジなのである。

どんな方法を使ってでも介護パーセントを下げること、それはすべての介護者を優しくさせる絶対的な方程式なのだ。

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