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介護体験談 「老人をかかえて」長崎支部版
「ひまわり」(2001年4月25日 249号)より おじいちゃんが大変だ!高木 光波
ある日のことです。いつもと同じように、仕事に行った祖父が、帰宅時間になってもなかなか帰ってきません。駅で倒れているんじゃないかとか、もしかしたら会議じゃないの?などと、とても心配になり、家族みんなであちこちをさがしてまわりましたが、どこにも見あたりません。その日、私達は朝まで走りまわりましたが結局、その日祖父は帰ってきませんでした。しかし、祖母や父母は一晩中、一睡もせず祖父の帰りを待っていました。 次の日の夜のことです。玄関先で車のドアがバタンと閉まる音がしたので、急いで外に出てみると、なんと祖父がそこに立っているではありませんか。 その日から、祖父のボケが始まりました。今では『痴呆症』といわれるほどひどくなってしまい、症状が進んできました。毎日、祖父は、2時間おきにトイレに起きますが、まにあわなくてふとんでしてしまったり、洗面所や風呂場をトイレと思いこみ、そのまましてしまうこともよくあります。また、起きるたんびに、「ご飯、ご飯」と言い、食べ終わると今度は「仕事に行く」と言い出してうろうろし始めます。夜になると「家に帰る」と言い、仕方なく母の車で近所を一周して帰ってくることもありました。 そんな祖父を私は、「きたない....」と思うときがあります。それでも祖母は、だまってそれを片づけていますが、やはり、し尿などがついているものなどを持っている祖母を、私はよけたりします。母に「きたないね」などというと、 私の心の中には、祖父が外に出ていくのをはずかしいと思う気持ちがあります。しかし、時には夜寝ることもなくつきっきりで世話をしている祖母を見ていると、「じいちゃんも時には好きにさせとかないと。」と思います。近所には『こんにちは』と言ってくれて、よく会話をしてくれる人もいます。しかし、そんな人ばかりではありません。時々、祖父と買い物に行きますが、祖父を見て笑っている人がいます。もちろん祖父は自分が笑われているなど思ってもいません。祖父の何がおかしいのでしょうか?祖父のほかにも痴呆症の人はたくさんいると思いますが、その中にも痴呆症をはずかしいと思い家にとじこめられている人もいます。温かい言葉をくれる人、冷たいことを口にする人、みんなさまざまです。 この世の中に生まれてきた私達すべての者は、必ず年をとっていきます。今は、健康で全く病気に縁のない人、今、生まれた赤んぼうでさえも、いつかは必ず老いていきます。私は、祖父が痴呆症になって初めて気づいたことがあります。それは実際に、この町には、もっとたくさんの障害者や不自由な生活をしているお年寄りがいるはずなのに、あまり町でそういう人達を見かけないということです。そして、本当は、その人達が町に出ていかないわけではなく、出かけられないという状況を。なぜならば、町に出ると必ず物めずらしく眺めたり、笑ったりする人達が大勢いて、そんな冷たい視線に耐えられないからなのです。 最近では『バリアフリー』という言葉がかなり定着してきましたが、施設や道路などの整備はもちろんのこと、本当に大切なものは、周囲の温かい視線や行動、いざ困ったときに、ごく自然に手をさしのべてくれる人が増えていくということではないでしょうか。私は祖父を少しはずかしいと思っていた気持ちをはずかしく思います。いくら病気、障害者でも自分なりにがんばって生き続けているんです。そんな人達を、もっと皆さんの手で支えてあげませんか。
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