介護体験談
人生設計が根こそぎ音をたてて、崩れ去ってからはや7年目を迎えた。若年性アルツハイマー病の夫を一人での介護から入退院、
「俊ちゃん、お母さんの様子がおかしいけん、早く様子を見にこんかね。」平成12年7月、九州に住む叔母からの電話だった。
新しい会報の扉を開けて、最初に飛び込んできた文字が真ん中辺りの「酒」という文字でした。
特に一人では何もできなくなった重度障害の場合、在宅介護とは家に介護者がいるからこそ『在宅介護』なのであって、介護者のいない在宅介護はありえない。
今年の春は、例年に比べて桜の開花が早い。いつもなら4月上旬に予定される“お花見”も三月に繰り上げて行っていると聞く。
姑が入院して早いもので1か月になります。重度多動性の痴呆の姑に、暴力や興奮が現れ始めたのが昨年の11月ごろでした。
私の母親は現在84歳、戦争未亡人で過ごし、苦労を重ねて生きてきました。9年前までは、姉の家族と暮らしていましたが、
私の家内は昭和六三年頃から少し様子がおかしくなり、アルツハイマー型痴呆症と診断されました。当時五八歳でした。
私の大事なお母さん。今ではすっかり背中も丸くなり、やせ細り骨と皮ばかりになってしまいましたね。
時々自分の中の介護パーセントを確認してみる必要がある。例えば私は、母の介護をする娘であると同時に夫にとっての妻でもあり、子どもにとっての母でもあり、
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